愛とはなにか

2023/12/18

最近ハマってる哲学のテーマは、

絶賛『』である。

愛とはなにかを古代からずっと考え続けている哲人もいれば、社会学者が人との関わりの中でそれぞれの答えを見出してきた。

『宇宙(存在・時間)』『生まれてきた意味(存在・人生)』そして最後に疑問に思うのが『愛』だと思う。

これは私だけではなく、ずっと昔からその存在理由を問われ続けてきた大きな議題であり、その中のひとつとして『神』や『目に見えないが確かに其処に在るもの』を考えられてきたんだな。

いまも名前が残る哲学者や神学者、社会学者だけでなく、人生を通して考え続けられてきていても、明白な定義は付けられていないおもしろく興味深い、答えのないものだと思う🤔

なぜ私は興味を持ったのか

元々私なりの愛の定義はあったんだと思う。

こどもたちが可愛くて可愛くて♡

この子達のためなら世界中敵に回そうが、命をとられようが厭わない。

元来、母親なんてそんなもんじゃないかな?と思う。

私はこの子達をこの世に生み育てるために生まれてきたと思ってるくらいだから、いまはもう余生なの。

甘やかすことがこの子達の為になるわけじゃないし、この子達が幸せになるにはこの子達が考える力と行動する力を持たねばならない。

まぁー難しいこと。

だけどね。幸せかどうかなんて本人が気づくものだし、本人が決めることだから、どんな形であれ、笑ってくれてたらママはそれだけで充分🥰

この気持ちを愛と呼ぶのかわからないけど、ここに見返りなんて期待してない。

これに関しては、私が親からどう育てられてきたか、おばあちゃん達やお叔父ちゃんからどう育てられたかで決まったんだと思う。

「こうすれば、私は満たされる」という見本があったんだと思う。

だから、どう親に接してもらっていたかという姿が重要だと思うの。

近年、離婚が多いことに対して警鐘を鳴らしたいのはここ。

こどもが考える力がつく前に離婚すると、理想の形がわからないまま育ってしまう。

離婚がいけないわけじゃない。そこにこだわると悪い見本を見せてしまう結果になりかねん。

じゃあどうすればというと、結婚した時に誓いを立てること。そしてそれを守ること。

こどもが育ちきってしまえばもうこどもへの影響はない。

卒婚

この言葉、2004年頃に急に出てきていまはもうお馴染みになったね。

(ちょっと忘れてたけどw)

「卒婚」とは、2004年に教育ジャーナリストである杉山由美子氏が、その著書『卒婚のススメ』で使用した造語です。
婚姻している夫婦が互いに必要以上に干渉することなく、自由を認め合って、最低限のルールを守り、ゆるやかなパートナーシップを築いていくという新しい夫婦の形を表しています。

夫婦だからといって、好き嫌いが同じとは限りません。夫婦であれば、我慢をして相手に合わせた場面も少なくないでしょう。子育ての終了や定年などの節目を迎え、自分や配偶者の人生を考え直したときに、自由な人生を生きたいと思うのは、ある意味当然のことかもしれませんね。
卒婚は、婚姻関係を維持しながら、これまでの夫婦関係を見直して、自由で自立した個々の人生を歩んでいくという生活形態です。その生活形態は、生活リズムはそれぞれ別だけれど同居している夫婦、別居している夫婦、月の半分程度は同居し、半分程度は別居している夫婦などさまざまですが、お互いの人生・人格を尊重して、その自由を認め合うのですから、不仲で「別居」や「家庭内別居」するのとは性質が異なります。

卒婚とは?離婚との違いや卒婚をする理由ときっかけまで詳しく紹介

まあこんな定義があり、それぞれの人生を歩みましょうねということなんだけど、これに対して私の考えは

大人なんだから、それでいいんじゃない?

ということである(笑)。

夫婦の定義は夫婦で決めたらいいし、他人が干渉するものでも、定義するものでもない気がする。

ただ、卒婚というのか知らんけど、ウチは互いを尊重しつつ、互いの幸福を祈り尽くしてるけど、干渉はしない。 

だって、私が私である為に、私じゃできないことがある。

私は私の人生を歩みたいと思うのは、どこも同じかとこの時に思った。

そんなに意識することじゃあない

そもそも、夫婦が夫婦であることを意識することってあんまりない。

家族だからね。同じように父を父と意識することもそんなになければ、母を母と意識することもない。生まれた時から親だから疑問にも感じないし、他にも親を知らない。

生まれた時に旦那様は旦那様ではなかったけど、家族になったということはそういうことである。

はじめからそう思ってたわけじゃない

昔から人に対して少し見方が捻くれて…じゃなかった、少し対外的にみてる。

社交性の高い内面コミュ障族なので。(今日社会的隠キャとピエロは表現してた!)

人の気持ちがわからないわけじゃなくて、共感力が低いから経験しても自分と同じ気持ちになるのか疑問なのよ。

いくつになっても現れるのは「なに考えてそれやったの?」と思う人なんていっぱいおる。

昨日も、口ばかりで行動に変えないから10年経っても変わらない弟分にイラっとして、余計なことまで言い過ぎてしまった。。

私の人生ではないと呪文のように「他人の課題他人の課題…」と繰り返してみたけど、あまりにもわかりやすい時間の無駄遣いを見て、耐え切れなかった…

時間の概念 > 愛の概念

私はどうも時間の概念が強い。

愛よりも強く惹かれるし、なにより重きを置いてる。

客観的に見ても、少し神経質なくらい時間の使い方に対して独自のこだわりが強い。

私としては当たり前のことなんだけど。

だって時間は等しくみんなが同じだけ持ち、それこそが命だもの。

どうしてそんなに無駄にするのか…。

理解できない。

命をかけるというのはまさに時間をかけて行うもの全て「命をかける」ことに繋がってるのに。

他人の人生を生きる人。

たくさんいるね。

誰かが自分の都合のいいように作った「常識という名のルール」を、それが正しいと勘違いしてしまうのは、本質を見ようと考えてないから。

考えることを放棄しているのは自覚しておらず、そこに疑問をもてていないから。

自分の人生を生きてる人は多くない。

何の疑問も持たず、知らない誰かに搾取され、身近な人の犠牲となり、死ぬ間際に「どうして自分の人生を生きなかったのか」と後悔して終わる。

死に際に残す言葉は、その人の人生をかけて得た答えを残していく愛する人達に渡せる人生の答えなのに。

自分の最期を迎えた時、どんな言葉を残したいかを考えてみてほしい。

他人ではない。社会でもない。政治でもない。

自分の人生は、自分の物語。

宇宙の始まりは自分が生まれた時であり、宇宙の最期は自分が終わりを迎えた時なんだよ。

すべては、自分が生まれた時に始まり、自分が死ぬ時に終わる。

人生で起きてる全ての学びも、人も、歴史も、自然も全て、自分が生きてる時にしか存在しない。

そう捉えることもできるのではないだろうか。

その人生の中で、どう心豊かに過ごしていくのか。

私は、人の為にがんばる自分が好き。

人の為に頑張ってる人の力になったり、迷ってたら一緒に答えを探したり、苦しんでたらできる限り支えたり、助けたり、がんばってる人の力になりたい。そう思い行動する自分が、好きなんだと思う。

なんか私は変だなって思うのは、始めから答えを持ってなかったり、瞬時に理解したり、常識を疑ったり、直感的におかしいと疑問に感じて知ったり、なにも持っていなかったことが変だなって思われるんだと思うし、私もどうやらおかしいみたいだぞと知ってる。

でも困ってないし、そんな自分でよかったなと思うし、私だけではないと思う。

奇行種とかいわれるけど、絶対同じ感性の人はいる。

アドラーの『課題の分離』を理解できても実行することができる人は少ない。

それと同じ。

愛とはなにか

いま現在のステージで思う私なりの愛とは、他者への想いとそれに伴う行動だと思う。

レベルが上がるにつれ、少しずつ愛の範囲が広がり、レベル48でようやく大人数も対応できるようになったのは、個のレベルだけでなく、他者からの愛をもらっているから。

私自身が満たされてなければ、与えることはできないから、私を満たしてくれる人の存在を証明している。

迷ってばかりいたけど、もう迷わないと思えることもたくさん増えた。

わからないことも、少しずつ減ってきた。

私は大切にしてくれる人がいるからこそ私が好きで、飾ることのない私が好きなのも、満たしてくれる人がいるから。

深い愛と広い愛は別物

α波やβ波のように、愛はひとつではなく、種類がある。

広い愛は、みんなの為に。

これ、賞賛とか承認とかうんぬんいう人いますけど、そもそもこういうのってだれも見てないし返してなんてくれないものですから。

逆に深い愛は、私自身を満たしてくれる愛の根源の人に捧げたい。私の物語はもう終盤も近づいてるので、新しいキャストよりもいまいる大切な人に捧げたいの。

愛をくれてありがとう♡って。

残りの人生かけて、捧げ尽くしたいな〜って。

それができたら幸せ♡

なるべく長い年月を共に過ごしていきたいなって。

でもいつ死ぬかお互いわからないから、後悔しないように、毎日もらえるMPすべてを1日で捧げ尽くしておきたいの。

HPは広い愛ね(笑)

愛とか、少し斜に構えてたタイプ

それな。🤣

この歳にならんとわからんのじゃい!w

たくさん辛いことも、たくさん楽しいことも、いろんな経験をして、乗り越えていまがある。

まだまだ道半ばだからこれからも変わり続けていくと思う。

だから、いまのステージで思う愛 というのがこういうことだと思ってる。

小学生の時、ママは仕事で家にいなかったけど、パパに殴られて育ってきたけど、「初孫だし、ひとりでだから、私は愛されてるなぁ…」

ってトイレの窓から外を見ながら考えてたことを覚えてる。

これはいまも変わってない。

変わることもある。でも、変わらないこともたくさんある。

みんな愛が見えないし、見失うし、無碍にすることもある。

だから期待できない。

それでも、ユキエは愛してるし、そんな自分でよかったなと思う♡

ちなみにユキエもよく見失う。

だけど、周りを見てごらん?って言ってくれる人がいるんだよ。

この人達がいてくれるから、私は生きてるなーって感じてる。

毎日面白いわけじゃないし、仕事終わりの楽しみもないし、新しい発見とかもう少ないし、好き嫌いの差は開いてくばかりだし、やなこともいーっぱいあるけど、

最後はやっぱり、安らかで、愛おしくて、心地良い環境に感謝してます🥰

さて。

ハニーが呼んでるわ。

明日もなにやら早起きしてなぜかやらねばならぬことをやらねばならぬ。

これも時間の使い方合ってるのかなぁ🤔

っていつも疑問に思うけど、最近良い事もあったし、もう少し付き合ってみようと思う。

目的意識もって、しっかり修行の成果を得ることができたらなと思います💧

というわけで、今日はここまで!

みんなも自分の愛の定義、考えてみてね〜🥰

Category - カテゴリー内 -

All Column Page - 全記事内 -

OLD
メタバースデビュー✨
NEW
限界値を決めるのは誰か